向こう隣のラブキッズ

第７話　甘いチョコレートには危険がいっぱい！

しおりは机に向かって熱心に本を読んでいた。それは、少女が胸をときめかすようなラブストーリー……。あこがれの先輩と同じペンダントを持っているヒロイン。彼女は宇宙人で小さい頃に誘拐されて地球へ……。彼はそんな彼女を探して宇宙からやって来た王子様だった。そして、二人は困難を乗り越え故郷へ帰ってめでたくゴールイン。そんなロマンティックな少女マンガだった。
「ああ、わたしもいつか姫乃お兄ちゃんとこんな風に……」
しおりは淡いピンクのため息をついた。瞳にはあこがれの気持ちのハートマークが浮かんでいたが、その手はしっかりクッキーの箱へと伸びている。しおりは甘いお菓子の誘惑に魅了されていた。
「うーん、やっぱりおいしいな、これって裏切らないよね」
１枚食べて、もう１枚……。しかし……。
「あれ？　やだ。もう空っぽになっちゃった」
しおりはぶつぶつ言いながら立ち上がると、弟の部屋に向かった。歩は机の前に座り、赤いリボンの付いたその箱を眺めては、悦に入ってにまついていた。

「それチョコレートでしょ？　一つちょうだい」
しおりが箱を取り上げる。が、歩は素早くそれを取り返して言った。
「やだよ！　これはさくらお姉ちゃんからもらった大事なチョコなんだ」
と抱え込む。
「バッカじゃない。それってバレンタインデーのでしょ？　もう２週間以上もたってるのに、早く食べなきゃ賞味期限過ぎちゃうよ」
「へんっだ。食いしん坊のしおりとはちがって、おれはずっとこの愛を大切に持っていたいんだ」
「そんなの、チョコレートに対して悪いわよ。チョコは人に食べられてこそ本望なんですからね。ほら、貸しなよ。代わりにわたしが食べてやるから……」
「やだよ！　しおりだって姫乃兄ちゃんから高校合格のお祝いのチョコまんじゅうもらったんだろ？」
「もらったよ。こーんな大きなおまんじゅう。でも、すぐ食べちゃったもん。わたし、今、すっごく甘い物が食べたいの！」
「だったら、砂糖でもなめてりゃいいじゃん」
「冗談じゃない！　アリンコじゃないんだからね。いいから早くそれをちょうだいってば！」
しおりがつかみかかると歩も必死に守ろうと放さない。家はみしみしぴしぴしと音を立てた。


その頃、階下では父がのんびりこたつに入ってお茶を飲もうとしていた。その湯飲み茶碗にぽろぽろと天井から剥がれ落ちた何かが雨漏りのように降り注ぐ。
「あはは。相変わらずウチの子供達は元気だね」
と笑っている父に母が言った。
「あなた、もう起きていてもいいんですか？」
「ああ。もうすっかり大丈夫だよ。それにしてもあの時は本当に死ぬかと思ったよ」
と苦笑いする。

それは、およそ２週間前のことだった。しおりが姫乃お兄ちゃんのために手作りチョコレートをプレゼントするのだと言い出したのがきっかけだった。それが例のバレンタインデーの前日のことである。いつもなら、市販のチョコを買って済ましていたのだが、今年に限って何を思ったのか自らの手で作りたいと言い出したのだ。
「ははは。不器用なしおりにチョコレートなんか作れる訳ないじゃないか」
などと歩がバカにしたことが拍車を掛けた。しおりはむきになって反論した。
「できるわよ！　すっごく甘くて愛情たっぷりで、とろけちゃうほどおいしいの。そいでもって、見た目だってすっごい芸術的で、見ているだけでも愛がメラメラ伝わっちゃうすっごいチョコがね」
「へんだ！　そんなに言うなら作ってみろよ」
「ええ、作りますとも。けど、歩なんかにゃ絶対食べさせてやんないからね」
そうしてしおりはほぼ半日台所にこもってチョコレートと格闘していた。そして、遂にそれが完成したと言って父に見せた。

「おお。結構可愛らしくできてるじゃないか」
「ほんと？　それじゃ、お父さん、ちょっと味見してみてよ」
そうして、父は娘が作った最初のチョコを試食するという名誉にあずかったのである。
「それじゃ、早速いただくね」
にっこり笑ってピンクのもやもやした感じの欠片を一つつまんで口に入れた。
「いっただきまー……！」
そして、父はそのまま固まった。
「お父さん……？」
しおりが呼んだ。しかし、返事がない。父はあらぬ方向を向いたまま目を白黒させて黙っている。一瞬、異様な空気が茶の間を覆った。

「ちょっと、やだ！　お父さん？　どうしちゃったの？　お父さん？」
母が必死にその肩を揺すった。
「だ、大丈夫だ。が……このチョコを姫乃君にあげてはいけない。彼はまだ前途ある若者だ。こんな思いをするのは、このわたしだけで……」
そうして父はパタッと倒れた。
「お父さーん！」
歩が叫んだ。その声と救急車のサイレンが記憶の底で交錯していたことだけは、何となくぼんやりと覚えているような気がする父であった。

それに懲りたか反省したかはしれないが、しおりは結局、いつものようにスーパーで買ったチョコレートを姫乃に渡したようである。そして、さくらからも市販のチョコが歩に手渡された。
それを聞いて父はほっとしていた。
「そうだ。それが一番よいことなのだ。みんなの健康のためにも……」
父はつくづくそう思いながらすすだらけのお茶をすすった。


その頃、姫乃は出版社から依頼された小説を書いていた。
「ふう。やっと出来た。それにしてもＢＬって難しいな。出版社の人に気に入ってもらえるといいんだけど……」
それでも、原稿の束を前にして姫乃は満足していた。
「教師と教え子の禁断の愛。しかも互いに生き別れの兄弟だとは知らずに関係を持ち、さらにクラスメイトにＳＭプレイを強いられて、最後は助からないなんてあまりにも悲しいお話……。しかも、そのすべてにおいて、裏で糸を引いていたのが彼の愛する先生だったなんて、ああ、世界って残酷。どこからどう読んでも救いがなくて泣けてきちゃう……」
姫乃は一人でぶつぶつ言いながら目をうるませていた。
「それにしても集中して書いてたら、何だか甘い物が食べたくなっちゃった。でも、今日はおまんじゅうもないしなあ」
そう言って辺りを見回すと、机の上にあった小さなリボンの付いた箱を見つけた。
「そうだ。これ、バレンタインデーの時、しおりちゃんからもらったチョコレート……。うふ。せっかくだからいただいちゃおう」
姫乃は包みを開いて箱を開けた。
「あ、ウイスキー入りのチョコだ。何だかちょっぴり大人の気分」
彼はその一つをつまむと口に入れた。ほろ苦い甘さがじわりと口の中に広がっていく……。
「うん。美味しい……」
彼は満足した。


一方、しおりはまだ歩の部屋でもめていた。
「よこしなさい！」
「やだいっ！」
しおりがだんっと一歩踏み出せば、歩もどんっと壁を叩く。その度に彼らの周囲に風が吹き荒れ、地震のような振動が町内を揺るがせた。ダン！　ドン！　バシ！　ビシ！　派手な音が空気を振るわせる。バシ！　ビシ！　ブシ！
「ん？　今のは何だ？」
二人は互いの顔を見た。いつもとはちがう聞き慣れない音が混じって聞こえたからだ。ブシ！　ベシ！　ドドド！　確かにそれは近くで聞こえた。
「しおりのせいでついに家が、いや町内が崩壊してんじゃないだろうな？」
歩が言った。
「オーバーね。そんなことある訳ないじゃん」
しおりが言った。
「いや、わかんねえぞ。しおりってほんとバカ力だからな。怪獣もびっくりってやつ」
「うるさいっ！」
しおりが怒鳴る。
「しおらしくて可愛らしいこのわたしに何てこと言うのよ」

「そうさ。君はいつだって美しい」
突然、窓の向こうから声が響いた。
「え？」
しおりが振り向く。と、窓枠に足を掛けている姫乃が不敵に笑っていた。
「どうだい、彼女？　このおれと満点屋でお茶でもしないかい？」
前髪をかき上げ、ポーズまで付けている。それはいつもの姫乃とは思えないほどきりりとしていた。
「どうしたの？　姫乃お兄ちゃん……いつものお兄ちゃんじゃないみたい……」
しおりがうっとりと見つめる。
「そうさ。おれはいつものおれじゃない。今日は特別。さあ、いつだっていいんだぜ。おれの胸に飛び込んでおいでよ、おれの可愛いベイビー」

「ああ、お兄ちゃん……。何てクールで素敵なの？」
しおりが言った。
「そう。きっと未来はおれ達のために……。世界のすべては君のために……。ごらん。ハートが信じれば空だって飛べるんだ」
そう言うと彼は本当に空に向かって羽ばたいた。
「お兄ちゃん！」
しおりが慌てて手を差し出したが、彼の姿は家と家の間の隙間に落ちて、あっという間に見えなくなった。
「お兄ちゃん！」
しおりは急いで窓の下を見、それからすぐに階段を駆け下りて行った。

「一体どうしちまったんだよ？　姫乃の奴……」
歩がぽかんとして言った。そこへ新たな不穏な音がどったんばったんと響いてきた。今度はさくらの家の方からだ。
「お姉ちゃん！」
歩が叫ぶ。
「あん。駄目よ！　こっちに来て、ダーリン」
さくらの声が響いている。
「うふふ。待たないとおしおきしちゃうわよ！」
さくらの声が色っぽい。歩は呆然とした。
「ダ、ダーリンだって？　まさか、さくらお姉ちゃんに彼氏が……」
呆然としている歩。

しおりは一目散に茶の間を突っ切ると玄関に向かった。
「お兄ちゃーん！」
そして、急いで玄関を出ると家の脇へ向かう。隣の家との間は僅か１メートルもない。その間には低いながらもブロック塀が敷地を区切っていた。場合によってはただでは済まない。しおりは青ざめた。
「お兄ちゃん！」
しかし、姫乃は運よくしおりの家とブロックの間に落ちたらしく、しおりを見ると横這い状態になりながらも何とか出て来た。が、落ちた時、ブロックで擦れたのかめくれたシャツやズボンの下に幾つもかすり傷が出来ていた。
「お兄ちゃん、血が出てるよ」
しおりが心配そうに言った。めくれたズボンの下から覗く白い足から出血していたのだ。
「ふっ。こんなのかすり傷さ」
姫乃はそう言って笑った。
「何だか今日のお兄ちゃん、強くてカッコいい……」
しおりは凛々しい彼をうっとりと見つめた。と、そこへ賑やかな連中が通り掛かった。いつもの中学生３人組である。

「ったく。信じらんねえよな。ウイスキー入りの砂糖菓子１個で酔っ払うなんてさ」
鴨井が言うと、すかさずリーダーの岩田が突っ込む。
「何言ってんだよ。おめえなんかブランデーケーキで酔ってたじゃないか」
「まあまあ、二人共よせよ。そう大した問題でもねえだろ？」
吉永がカエルのマスコット人形を撫でながら言う。
「おまえが言うか？　キャンディーで酔いが回って薬屋の看板に抱きついてたくせに……」
鴨井の言葉に吉永がキレた。
「キャンディーったって、おまえらのとは違うぜ。何しろウォッカ入りのキャンディーなんだからな。食ったらこう胸がじーんとして体がカーッと熱くなるくらい強い酒なんだからな」
「何が体がカーッと熱くだ。小学生だって食べてたぞ」
岩田が笑う。
「そうだ！　おめえ、最近生意気だぞ」
鴨井も突っかかって言う。
「ああ、おめえらみたいにお菓子食べただけで酔っ払うような奴とは違うからな。おれ、大人だもんね」
「この野郎！　言わせておけば……」
岩田がへらへらしている吉永の襟首を掴む。
「やるか？」
３人は道の真ん中で取っ組み合った。まるで酔っ払いのケンカだ。

「もうっ！　またあんた達なの？　人の家の前で騒がないでよ、ほとほと迷惑してんだからね！」
しおりが怒鳴る。が、すっかり酔いが回っている彼らの耳には届かない。
「ほんとに懲りない連中ね。こうなったらまた一発どかんと……」
そうしおりが言った時だった。さっと彼女の前を影が過ぎった。姫乃である。

「どうやら君達、エンジェルの声が聞こえなかったようだね。ならば体でわかってもらうしかないようだ」
姫乃はクールに間を取ると、いきなりもめていた一人の襟首を掴んで放り投げた。
「な、何しやがる」
道路に投げ出された岩田が呆然とこちらを見た。残された二人も思わず言う。
「姫乃……てめえ」
「一体どういうつもりだ？」
「どういうもこういうもないね。おれは正義を貫いただけさ」
まるで闇の人格でも目覚めたかというほどの変わりようであったが、彼ら中学生達も酔っていた。

「何が正義だ、進学校に推薦で合格したくらいで威張るなよ！」
「そうだそうだ。たかが小説で大賞もらったくらいで、この野郎！」
「おれ達だって一般入試にはちゃんと受かったんだからな！　ふざけちゃいやよ」
完全に目がすわっている彼らは逆上して姫乃に襲い掛かった。
「お兄ちゃん！」
思わずしおりが助けに入ろうとするが、それをさっと止めて姫乃は言った。
「君は下がっておいで。大事なエンジェルに怪我でもさせたら大変だ」
「エンジェルですって……。そうよ。わたしはあなたのエンジェルなの。今日の姫乃お兄ちゃん……本当に素敵！」
しおりはぼうっとして彼を見つめた。果たして姫乃は……。いとも簡単に３人を殴り倒すと、けらけらと笑いながら大通りの方へと歩いて行った。
「待って！　お兄ちゃん！」
それを追いかけるしおり。
「何だよ？　一体何がどうなって……」
「姫乃があんなに強いなんてあり？」
「マジ、惚れたっす」
おいてけぼりをくった中学生の３人、岩田、鴨井、吉永はそれぞれの思いを胸に立ち上がった。


一方、さくらの家の中からはまだ不審な物音と彼女の叫びが漏れていた。
歩は窓を蹴破ってでもさくらの家へ入ろうかと思った。が、そんなことをするのは紳士ではない。それにしても、何故、今日に限ってさくらの部屋の窓が閉まっているのか。やはり、誰にも見られず、彼氏と二人だけで甘い蜜の時間を過ごそうというのか。
「そんなのいやだ！」
歩は叫んだ。
「お姉ちゃんが他の誰かとラブラブしてるなんて……おれは認めない。おれは……絶対認めたりしないんだからな！」
歩の頭の中でもくもくといろんな妄想が広がった。
「あん！　駄目よ！　そこは駄目だってば！」
さくらの声が響く。
「お姉ちゃんっ！」
歩はいてもたってもいられずに、ついに階段を駆け下りた。そして、そのまま表に飛び出すとさくらの家へ向かった。

が、彼より先にその家へ飛び込んだ者がいた。彼女に惚れている例の本村、宮下、そして、木根川の３人組である。
「さくらさーん」
「大丈夫ですかあ？」
「今、お助けに……！」
彼らはドアの中に飛び込んだ。
「ちくしょっ！　おれが先に……」
慌ててあとに続いて行こうとする歩だったが、激しい物音と共に、さっき入ったばかりの連中が三人三様の悲鳴をあげながら外へ放り出されて来た。
「うぎゃっ！」
「ホゲ！」
「うがっ！」
「うわっと、危ねえな」
歩が慌ててそれを避ける。彼らは皆、傷を負っていた。

「おい、おめえら、どうしたんだよ」
歩が訊いた。
「や、やられた……」
と本村が言い、
「あいつに……」
宮下が息も絶え絶えに言って力尽き、
「まじ、すごいっす」
木根川も果てた。
「おい、おめえら、しっかりしろ」

一瞬にして３人の男がズタボロにされるとはただごとではない。さくらの彼氏はそんなにも強いのか。歩は固く拳を握った。
「でも、おれなら勝てる」
歩は固い決意を胸にドアを開けた。すると、さくらが顔を出して言った。
「あら、ごめんなさい。ダーリンが間違えてお酒を飲んじゃって大変だったの」
「ダーリン？」
歩が言うと彼女は笑って頷いた。
「そうよ。銀ちゃんが……。でも、もう落ち着いたから……」
そう言ってさくらは首を竦めた。
「騒がせてしまってごめんなさいね」
「なんだ。あのイグアナだったのか」
それを聞いて歩はほっと胸を撫で下ろした。


その頃、通りに出て行った姫乃は陽気にステップを踏んで言った。
「何だか今日は最高の気分！　君も踊らないか？　エンジェル」
そう言って姫乃はしおりの手を引っ張って道路に出た。が、家の前の細い道とは違って、ここは表通りである。ひっきりなしに通る車がブーブーとクラクションを鳴らしている。
「お兄ちゃん、危ないよ」
しおりが言うが、すっかりハイテンションに盛り上がってしまっている姫乃はまるで聞く耳など持たない。
「何故だい？　今のおれは最強さ。たとえ相手がダンプだろうと負ける気がしないよ」
と言って笑う。その背後からは本当にダンプカーが迫っていた。
「だめ！　お兄ちゃんっ！」
が、姫乃はふらりとダンプの前に飛び出した。

「危ないっ！」
しおりがその前に出た。そして、向かって来るダンプに向けて凄まじい速さで拳を突き出す。姫乃を助けたいと願う彼女の気力が風を呼び、瞬間風速５０メートルは下らないであろう突風が吹き抜けて、ダンプをばらばらにした。辛うじて残った運転席には取り残された運転手が呆然とした顔をして座っている。その凄まじい物音に数十メートル向こうにあった交番から警官達が駆けつけた。
「き、急に子供が飛び出してきて……そこの女の子のパンチで車がこんなになってしまったんでさ」
運転手がしどろもどろに言い訳する。が、警官はぴしりと言った。
「あんた酔っ払ってるな。酒酔い運転とはいい度胸だ」
「ち、違う！　おれは無実だ」
「話は署の方でゆっくり聞かせてもらおうか」
そうして哀れな運転手は年配の警察官に連行された。

「君達、怪我はないかい？」
もう一人の若い警官がしおり達に話し掛けた。
「ええ。すれすれ大丈夫でした」
しおりが答える。彼女が振り向くと背後で姫乃がへたり込んで震えていた。
「お兄ちゃん？　大丈夫」
「どうして僕こんなところに……？」
「え？」
「君、大丈夫か？」
警官の手に掴まって立ち上がろうとした彼は顔を顰めた。
「あーん。痛い！　痛いよぉ！　きっと足が折れちゃってるんだ。ぼく、立てないよぉ」
「変ねえ。車とぶつかってはいなかったと思うんだけど……」
しおりが彼の足の様子を見る。
「大丈夫よ、お兄ちゃん。骨は折れてないわ。多分捻挫ね」
「でも……すごく痛いよ。歩けないよぉ」
彼は泣きそうな顔をした。

「わかったわ。わたしがおんぶしてあげる」
「本当？」
「うん。大丈夫。ほら」
と背中を向ける
「ありがとう」
姫乃はしおりの背中に背負われて家に向かった。
「しおりちゃんの背中あったかい……。さっき食べたチョコレートも心と体を熱くしてくれたけど……」
「お兄ちゃんも甘いチョコとお酒の匂いがするね。何だかちょっぴり大人になった気がする……」
しおりはいつになくハッピーな気分になっていた。が、姫乃が持っていた残りのウイスキー入りチョコレートが彼の母の管理の下となったことは言うまでもない。